「母さんへの手紙」から遍路に関するもの抜粋



              村上敬・「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会愛媛支部長

              (「母さんへの手紙」は2011年5月、東洋開発株式会社発行)

              (村上敬・「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会愛媛支部長が、2010年の年末から、自宅のある宇和島市を起点に逆打ちの歩き遍路をしました。その時のことを中心に、自分の思いを詩の形でまとめたものが「母さんへの手紙」です。この本の中から、遍路に関する部分を抜粋します)



  ◇はじめに

 四国八十八ヶ所歩きへんろの通し打ちに出ました。
 千二百年前から踏み固められたへんろ道千二百キロを五十七日かけて歩き通す旅です。
 宇和島をスタートし高知、徳島、香川をまわって愛媛に入り宇和島で結願する逆打ちのコースをとりました。
 記録に残る大寒波の年で馴れない大雪に阻まれ距離がのびません。
 靴に荒縄を巻いて歩きましたが何回も転びました。
 冬は日ぐれが早いので里の家にともるともし火を目ざして暗い山道を下りることもありました。
 本書は苛酷な道中で心にともった熱いともし火を書き留めたものです。
 尊敬する風の丘美術館の大野勝彦先生にお願いしてさし絵を賜り深い心をそえて頂きました。
 目に見えない大きな力に支えられ生かされていることを感謝しています。


  ◇出発

 訓子さんの手を
 グッとにぎって家を出た
 自転車の娘さんと三時間歩き
 ヘンロ小屋かも田についた
 小屋のご夫婦と二人の奥さんが
 手づくりの弁当とデザートをつくり
 昼のお接待をしてくれた
 旅の無事を祈って五人が
 両手をあげて見送ってくれた
 いざ出発!


  ◇たから道

 歩くと
 車では見えない
 たからがおちている
 歩けば見える

 人間は
 ヒマラヤ山の二倍
 黄金をつんでも
 まだ
 満たされないというが
 もっと
 すてきなたからを
 ひろって歩く
 へんろ道


  ◇ねんりん

 出発のとき
 ふるさとの同窓生から
 また箱がとどいた
 「ヘンロ小屋において下さい
 苦労して歩いているお遍路さんい
 僕のつくったみかんを食べて
 もらえると思うと
 もう一箱送りたくなりました」
 と書いてある
 みかんはみかんでも
 ありがたみがちがうみかんだ
 箱の中には
 ご夫婦のきざまれた
 年輪がいっしょに入っていた


  ◇お守り

 定時制の先生が二人
 四十一番のお守りを
 買ってきてくれた
 夜くらいところで光る
 タスキをくれた人もいる
 旅の無事を祈ってくれる
 たくさんの人に
 守られて歩く


  ◇道にまよう

 とったイノシシを
 納屋で解体している三人衆がいた
 道がちがうから引きかえせと
 教えてくれた
 深い山奥の三叉路では
 おばあさんに助けてもらった
 道しるべを見失っては
 行き止まりに迷い込んだ
 逆打ちは  いっこうに進まない
 背負うた荷物が
 おもい


 ◇満月

 標高五百メートルの
 へんろ道
 左ひざが痛みだした
 石車に足をとられる下り坂
 背中の骨から
 油まじりの汗がふきでる
 山を出たら
 里の家にともしびが灯っている
 まっ黒い左の山からデッカイ満月が
 出た
 二軒ある漁村の宿は
 イベントで満室
 泊まれない
 こまった
 あせった
 暗い道をもくもく
 今日は十三時間歩く長い一日だ
 僕には
 必要なことしか
 起きない


  ◇つなぐ

 幼児が三人あそんでいる  「おへんろさんガンバッテエー」
 と
 元気な声で三回あいさつしてくれた
 声におどろいて
 おばあちゃんも
 お母さんも
 玄関から出てきた
 みんなで手をふって
 見送ってくれた
 無財のほどこし
 お金のいらないあいさつで
 ぬくもりが広がる
 やさしい心は連鎖する
 親から子へ
 子から孫へ
 時をこえて遍路さんにやさしい人が
 ふえますように
 千年先まd
 つないでほしい
 日本のこころ


  ◇うめぼしのタネ

 ヘンロ小屋で
 お接待のうめぼしを食べた
 すっぱいけど
 つかれがとれるうめぼしだ

 かんでもたたいても
 けっていじめても
 けっして割れない梅干しのタネが
 口の中に残った
 金づちでたたいて割って
 こじあけたら
 中から
 ひと組みの夫婦が
 でてきた


  ◇風

 風がふいてきた
 病気になった地球を
 きれいにして返せ
 といってきた
 人間は大自然の一部分
 「ごうまんが過ぎるぞ
 自然がいためば
 人もほろびる」
 と
 どなってきた


  ◇園児

 ドベタに尻につけ
 電柱にかくれて休んでいたら
 赤いぼうしの行列がきた
 目の高さが同じだから
 はな息がきこえる
 「こんにちわぁー」と
 元気な声だ
 三十人が三十回の
 あいさつをしてくれた
 先生もうれしそう
 こんどは
 子供を二人のせた三人のりの
 ママチャリが通った
 いるところにはいるもんだ
 子供がたくさんいると
 元気がでる
 先がたのしみだ
 うれしくなってくる


◇食

 ゆきかう人をみまもる
 野のほとけに
 手を合わせて歩いた
 菜園にイノシシをよける網をはる
 「農薬をかけた畑には
 マムシもイノシシも出んけどなあ」
 と言った
 そうか
 食という字は
 人に良いものと書くもんなあ
 そうか
 イノシシは病気に
 ならんもんなあ


◇ガソリンスタンド

 つめたい雨
 くつの中に水がたまる
 山の中で日が暮れたが
 もう一歩も歩けない
 宿まで一時間かかる
 遠くの国道に
 灯台のような看板のあかりが見えた
 「困ったときはお互いさま」
 と言って
 スタンドのおじさんが
 宿まで送ってくれた
 朝になったら宿のかみさんが
 もとのスタンドまで送ってくれる
 と言った
 車のお接待が
 身にしみて
 ありがたい夜


  ◇母さんへの手紙

 あしずり岬につきました
 いま
 白い灯台の断がいに立っています
 野菊のジュウタンも
 やぶ椿の原生林も
 あのときと同じです
 太平洋の長いうねりが
 ごうおんをひびかせて
 岩をみがき
 黒潮がまっ白にうずまいています
 僕が
 家出したとき
 まっすぐ来たのは
 大好きな場所だったからです
 もう家には帰るまいと思い
 放浪していましたが
 気が変わってもどりました
 「ただいま!」
 といって
 おもて戸をあけたとき
 腰の曲がった母さんは
 いちばん奥の部屋から出てこられました
 僕の顔を見るなり
 みるみる顔がゆがんで
 大きな声で泣かれました
 母さんが泣かれたのを
 生まれて初めて見ました
 しまった
 と
 思いました
 「死んどるかと思うた」
 と言われました
 親に心配かけることが一番の
 親不孝だということも気づかない
 にぶい息子でした
 母さんの命を
 ちぢめてしまいました
 母さんが旅立たれて
 三十年が過ぎました
 生きておられるときに
 おわびすればよかった

 ここに来ると
 あの場面を思いだして
 なみだがとまりません
 母さん

 ごめん


  ◇かみなり

 札所は近いが
 山頂で道しるべを見失った
 ほうこうして三十分がすぎた
 みぞれが
 カッパをとおして背なかに入った
 あせる
 不安がよぎる
 近くでかみなりがさくれつする
 あぶない
 日もくれてきた
 やばいと思ったとき
 ご夫婦の軽トラが現われた
 荷台に乗せてもらった
 五時の納経ができた
 助かった


◇ささえあいの心

 きょうは
 おばあちゃんが洗たくして
 ほしてくれた
 コンビニでは
 百九十八円のハミガキを買ったら
 レジの娘さんがお茶のボトルをくれた
 背中の荷物を半日あずかってくれた
 農家のご夫妻もいた
 おきわすれたカッパを
 車で追いかけて
 次の札所に届けてくれた
 ご主人さんもいた
 うれしいお接待だった
 心の中は顔にあらわれる
 まなざしにでる
 みんなうれしそうだった
 顔がつやつやしてハリハリしていた
 今日一日
 生きるのがせいいっぱいの人が
 多い世の中で
 なんのためらいも
 おごりもなく
 利他のこころをつくしてくれる
 お接待すれば自分の苦しみが
 うすくなるという
 へんろ道にただよう
 ささえあいのこころ
 お接待のこころが
 日本をすくう
 世界をすくう


  ◇自転車

 道を教えてくれた奥さんが
 忘れていたころに
 自転車で追いかけてきた
 わかれ道をまちがえていないか
 たしかめにきたといった
 ついでに
 みかんを一袋くれた
 昼ごはんはこのみかんにしよう
 僕の目をやさしい目で
 見てくれた
 つやつやした笑顔の
 すてきな人だった


  ◇人の味

 下座に身を置き
 もくもく歩いていると
 アンテナがするどくなる
 出合うひとの呼吸も
 心の中も
 光よりも早く
 光よりも早くキャッチする

 賞味期限がきれた
 菓子パンを売ってくれた
 おばあちゃんがいた
 母さんのにおいがして
 うれしかった
 品ぞろえよりも
 店がまえよりも
 安さよりも
 小さな店の人の味が
 なによりもごちそうだ


  ◇化学変化

 お接待を受けたときに
 からだが化学変化をおこす
 もうダメだ
 と思っても
 信じられない火事場のバカ力がでる
 心もからだも
 病いが消える
 ふしぎな現象がおきる
 接待はビジネスだけど
 へんろ道にあるお接待はちがう
 まるっきり別のものだ
 一期一会
 見返りを求めない
 一方通行の愛行
 我が子をはぐくむ
 母の愛
 利他の世界だ


  ◇パン

 ドングリのローラーに
 足をとられながら山をくだり
 やっと漁村に出た
 一軒だけの店が休みで
 昼が食べられない
 ピーンと感じた
 おばちゃんが
 走って家に帰った
 ハアハアいいながら
 きのう買ったパンを一個もってきた
 ありがたいお接待だ
 うれしかったBR>  また山に入るが
 さつばつとしたことの多い住みづらい時代に
 あたたかい心をいただいた
 つやつやしたうれしそうな
 おばあちゃんの顔
 目立たないように
 生きておられるが
 人を幸せにしている人が
 一番しあわせな人だ
 おばちゃんは
 まぶしいほとけさま
 まえの歯が二本ぬけている
 ほとけさまだ


  ◇コーヒー

 出発して二十七日
 早朝の町を歩いた
 初めて外食した
 小さな店で四百五十円の
 モーニングをたのんだ
 サラダのトースト二枚
 ゆで玉子にデザートをついている
 カウンターでのむ
 あついコーヒーがいとおしい
 カップで手をぬくめた
 両手でつつんで
 しずかに飲んだ
 おいしいコーヒー
 頭がカラッポになり
 ジーンとしてことばがでない
 店を出るとき
 レジでママさんが
 お茶のボトルをくれた
 つやつやした
 ステキなひとだった


◇勇気

 高い山で道をはずれた
 あせった
 行けども道しるべが出てこない
 しまった
 だんだん深みに入りこんでゆく
 逆打ちのなんぎは覚悟していたが
 引きかえすのがおそかった
 引きかえす勇気がないと
 取りかえしがつかなくなる
 めいわくをかける
 死にいたる
 何のもはずかしがることではない
 おしむこともない
 損失はまごころをこめて
 すてればいいのだ
 もとに引きかえせば傷はあさい
 なんによらず
 まちがえたと思ったときは
 引きかえす勇気がいる


  ◇すげ笠

 わびてもわびきれないひとの
 顔がでてくる
 石にきざんでも返しきれない
 恩あるひともうかんでくる
 今まで
 どれほど人の心を
 傷つけてきたことだろう
 いまごろ気づいても
 おそいわい
 僕は
 どん牛よりにぶいやつだ
 たたいてくれ
 骨をくだいてくれ
 おかげのかたまりが
 すげ笠をかぶって
 歩いている


  ◇ほし柿

 逆打ちのだんのうら
 四十五度の登りがきつい
 小さいへんろ小屋のかごに
 お接待の
 ほし柿がおいてある
 なつかしい味がする
 家を出たころのしぶ柿が
 かたちを変え
 ほし柿になって
 正月を待っているのか

 子供のころ
 夜なべでしぶ柿の皮をむいていた
 ふるさとのくらしを
 思い出す


  ◇のじゅく

 かんぱがきた
 野宿の青年はどうしているのか
 寝場所はあったのか
 気になる
 二十五キロの荷をせおい
 目がかがやいていたあの男
 もっと話したかった
 僕も野宿がしたい

 まいあがる雪をついて歩く
 合掌読経にくちがこおる
 きょうも
 冷えたからだを
 お接待が
 ぬくめてくれた


  ◇へんろ道

 千年をこえてふみ固められた
 へんろ道
 おちばのジュータンが
 ひざを守ってくれる
 根っこにつまずき
 ゴロゴロ石のいしぐるまにのり
 道なき道もあるけれど
 アスファルトよりも
 人間にやさしいへんろ道
 雪の下からも
 大地のぬくもりが足のうらに
 つたわってくる
 大師のいのりが
 つたわってくる
 へんろ道


  ◇もち

 みぞれで靴の中が水びたし
 さむい
 地図がぬれないようにそでに入れた
 招かれて家に寄ると
 にぎやかなこと
 子供がもちを丸めている
 ホカホカのもちを
 三個ふくろに入れて
 お接待してくれた
 ポケットに入れたら
 カイロみたいにぬくもる
 このうちは保育園みたいだ
 むかし
 お金がなくて
 何もしてあげられないもどかしさに
 みんなで
 紅白のもしをついて
 正月にこられた客様へのお年玉にしていたことを思い出す

 明日はおおみそか
 また雪の山に登る日だ


  ◇十二月三十一日

 大寒波の予報があたった
 標高九百十メートルの雪山に入る
 「明るいうちに山を出るんですよ」
 といって
 おにぎり二個をもたせてくれた
 「無事に着いたら電話ください」
 といって
 くわしい地図をかいてくれた
 宿のご夫婦はあったかい人だ
 もっくり
 もっくり
 雪に足をとられて
 いっこうにすすまない
 きのうのふぶきで
 立ち枯れの松の大木が二本
 たおれてへんろ道をふさいだ
 山がうなり
 山がゆれている
 誰も通らない深い雪の道
 訓子さんに見せたい銀世界だ
 まっ白な雪に
 ションベンしたら
 深い穴があいた
 きいろい色のきれいなションベンの
 あなだ
 足あとが残ってゆく
 つえのあながのこってゆく


  ◇一月一日

 山をこえほっとした
 今日の宿はす泊りしかできない
 野宿の青年を思うと
 とまれるだけでありがたいと思う
 いつもはバタンと眠るが
 今夜はくうものがない
 はらがへって
 さむくて
 ねむれない

 むかしを思い出した
 日本が独立するまえ
 山奥の分教場にかよったときの
 給食が忘れられない
 バケツ一個のみそ汁を
 てぬぐいをかぶったおばさんが二人がかりで
 さげてくる
 教室いっぱいに香りが広がる
 給食はひしゃく一杯のみそ汁だけ
 なかみはダイコンのはっぱだけだった
 もう一度
 あのみそ汁が食べたい

 おもえば
 おおみそかも元旦も
 クルーさんは働いてくれている
 歩かせてもらえるだけでありがたいと思う
 ひとりだけの時間をあじわう
 年末年始


◇空腹

 オロオロあるいていたら
 くもの上から
 えんま大王が顔だした
 「一日半くってないんですが」
 と言ったら
 「もっとへらしてニコニコして
 歩いておれ
 頭もからだもようなるがあ」
 といった
 「ねむいんですが」
 と言ったら
 「寝んでも死にやあせん
 あの世でゆっくり寝たらええがあ」
 と言った


  ◇同行六人

 雪のへんろ道を
 ゴッポゴッポのぼる
 つららをけって
 くつの雪をおとした
 道しるべの雪をはらいたしかめる
 やっと札所についた
 氷を割って手水をつかい
 身も心も清めて参拝する
 ずた袋をあけ三枚の写真を供え
 入院している友人と家族のことを
 祈った
 「おへんろに行きたい」
 と言いながら若くしてガンで他界
 されたご主人のみたまの安らかなれ
 と祈った
 へんろたび
 同行六人のひとりたびだ


  ◇ヤマガラ

 また雪がふってきた
 二本のつえをうしろについて登る
 とりのなき声が五つきこえる
 ここは野鳥の宝庫だ
 ヤマガラが目の前の枝を離れない
 手ぶくろの右手を出したら
 手のひらにのってきた
 チッチッとないてクルクルまわる
 人を寄せつけないヤマガラだ
 いったいどうなっているのか
 祭りながら三回くりかえされた
 ふしぎな鳥がいるものだ


  ◇運転手さん

 朝はやくタクシーにのった
 動けなくなったゆうべのスーパーまで
 送ってもらうのだ
 車をおりるとき九百円の料金を払ったら
 五百円のお接待をくれた
 「なんで……」
 「お客さんにもろうたチップをためといて
 お接待につかっとるんです」
 「朝からええ人にのってもらいました」と
 よろこんでいる
 つやつやした運転手さんに
 元気をもらった
 足がかるい
 出発!


  ◇むえんぼとけ

 また新しいヘンロ小屋ができた
 それぞれの思いを背負うて歩く
 おへんろさんいとって
 小屋そのものが嬉しいお接待だ
 この小屋のとなりには
 二十五の無縁仏がならんでいる
 ゆきだおれになった
 ゆきずりのおへんろさんを
 さとの人が村のお金で
 てあつくほうむってきた
 千二百年の歴史が見えてくる
 この新しい小屋にも
 じひの心がうけつがれますように
 いのる


  ◇しょうじん料理

 温泉のわきでる札所に泊まった
 お寺のある山すべてが
 スッポリとおもてなしにつつまれているBR>  精進料理がまたたまらん
 くらい朝のおつとめと
 ご住職の法話が身にしみた
 てんてきになって
 僕の血液に深く入った
 ほとけさまが
 あとを押してくれている
 お釈迦さんに一番ちかいお寺さん


  ◇タオル

 国道を歩いた
 へんろ道はからだにやさしいが
 アスファルトはきつい
 ゆくての歩道に車をとめて
 紳士がまっている
 「逆打ちですか」
 ときかれた
 方向が逆なので確かめて
 くれたのだ
 自社製造のタオルを
 お接待でくれた
 とくべつなタオルだ
 だいじにしよう
 すげ笠の中に入れてお守りにした
 笠をふきとばし
 うなりをあげて行きかう
 鉄のかたまりが走る
 車がこわい


  ◇いでんし

 かわらの町にきた
 おへんろさんお休けい所に
 小さなお守りがおいてある
 ようできた焼ものだ
 ぶじ帰れますように
 と
 かえるさんのお守りや
 わらじさん
 おじぞうさんと
 いろいろなお守りがある
 あかりちゃんのお守りにしようと
 一個もらってサイフに入れた
 「少しでも皆さまのお力になれますように
 かわらやねんどでつくりました
 おひとつどうぞ」
 中学一年かわらグループとかいてある
 ポロポロ涙がおちた
 ささえあって生きてきた
 日本民族の遺伝子が
 このお守りの中に
 生きている


  ◇みち

 へんろ道が
 日本の中に
 いっぱいあるといいなあ
 みんなで歩けるから
 心をみがく
 じひの道
 すなおになって
 やさしさをとりもどす道
 この国が失いかけているものが
 息づいている
 ささえあいの道
 見えないものが見える道


◇すてひじり

 時宗の開祖
 一遍上人の生まれた寺に来た
 庭のつちが清められてある
 わらじもはかない素足で
 じゅずをもたずに合掌し
 うす衣一枚で
 念仏遊行のお姿の人
 すてて
 すてて
 すてきった一遍上人は
 宇宙からの使者だ
 荷物はもたないのがいいと
 勇気がでる
 力もでる
 ちえがわく
 なにごともすてなければ得られない

 また寒波が来た
 あすは標高七百メートルの
 凍りついた雪山にのぼる
 荷物は取りこし苦労のかたまりだ
 ぜんぶすてて登りたい


  ◇キムチごはん

 ふかい雪をのぼった
 民家が見えた
 安心したとたんにからだが浮いた
 みごとにころんで雪にまみれた
 おばちゃんが出てきた
 「ようこの雪でこられたなあ」
 といった
 あついお茶をわかしてくれた
 よもぎのアンコもち二個
 きびもち一個を
 あつあつに焼いてくれた
 おまけに
 ほっかほっかのごはんにキムチをのせて
 お昼ごはんをお接待してくれた
 半日で冷えきったからだが
 いっきに
 心の中まで
 むくもった


  ◇ながい一日

 れいか七度の朝
 標高八百メートルのひわだ峠は
 雪であぶないと止められた
 車道を二時間歩いて
 別の山を越えようとしたら
 また里のひとに止められた
 親切なおじさんが地図を出して
 安全ルートを教えてくれた
 ストーブを出して
 ほし柿を一連くれたが
 重いので三個だけもらった
 ガードレールが雪にうもり
 歩道も歩けない
 きょうはながい一日になりそうだ
 また新しい雪がつもりはじめた
 ねむい
 歩きをやめたら眠ってしまう
 目ざましに大声をはりあげて
 読経しながら歩く
 それ!
 もうひといき!


◇無料宿

 雪どけの小田川を歩いた
 工事のおじさんがくれた菓子をかじる
 無料のへんろ宿に来た
 屋根がありカベがあり戸もある
 タタミがありトイレがあり
 ふとんもつんである
 野宿青年のオアシスだ

 自分の資産を
 なんのためらいもなく
 おしげもなく提供するひとがいる
 認められなくても
 むくわれなくても
 そんなことはどうでもよい
 けっしてみかえりをもとめない
 じひのひとたちがいる
 ひとのよろこびにつくそうとするひとの
 層が厚い
 四国のへんろ道


  ◇かんなん堂

 へんろ小屋に来た
 ま夏のやけつく日ざしや
 どしゃぶりの雨のなかで
 なんぎしているへんろさんをみかねたご夫婦が
 自宅の庭につくった小屋だ
 屋根のすぎ皮も社員さんが集めて
 手伝ってくれた
 人間にやさしい職場だ
 とうとう
 ごえもんぶろまでつくった
 野宿の青年には
 たまらんお接待だ
 おへんろさんと数々の物語が生まれ
 長年の交流がつづいているという
 へんろ小屋のモデルだ

 ご夫婦のいきが合っている
 お接待にもらった封とうをあけたら
 大きいお金が
 三枚入っていた


  ◇へんろノート

 ヘンロ小屋でひといきついた
 おいてあるノートを見た
 「四国のみなさんのあたたかさに
 目がうるみます」
 「だれも愛そうとせず
 だれも信じず心をひらくこともしなかった
 大バカ者が変わろうとしています
 人間の心を取りもどして生まれ変わって生きかえる
 心の闇に負けず」
 お礼のことばがつづいている
 書きおかれたノートがたくさんつんである
 引きこもりさんも
 おもいやまいの人も
 愛する人の供養も
 生きることにつかれた人も
 リフレッシュさんも
 みんなを
 つつんで
 ときはなつ
 いやしの島
 ほとけのくに四国


  ◇トンネル

 前からも
 うしろからも
 ごうおんがせまってくる
 白線だけのトンネルが暗い
 光るタスキをつけた
 アゴひもをしめた
 カベにへばりついた
 あすは宇和島につく
 ぶじに結願したい
 最後まで
 ゆだんせずにあるこう


  ◇結願

 旅の終わりです。
 宇和島に近づくと孫のあかりちゃんが三間まで迎えに来ていっしょに歩いてくれました。
 たくさんの人に支えられ無事に結願できたことを有難く思います。
 体重が十キロ減り金剛づえも十センチ短くなりました。
 体力も消耗し難儀したおけげで心が洗われ広くなり感謝の心が深まりました。
 後日、訓子さんと二人で雪の高野山に参り最後の締めくくりをすることができました。
 目に見えない大きな力に支えられ生かされていることに深く感謝しています。

                平成二十三年二月   村上 敬


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