歌一洋「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」展・溝縁ひろし写真展「遍路道」

 「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会は2009年3月23日から4月3日まで、、大阪市北区の朝日新聞大阪本社1階、アサコムホールで、歌一洋「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」展・溝縁ひろし写真展「遍路道」を開きました。会場は、約1000人を超える入場者でにぎわいました。
 展覧会では、3月までに完成した32棟の模型を展示しました。会場の中央には、プロジェクトの主宰者、歌一洋・近畿大学教授歌さんが構想している小屋の実物に近い模型を設け、来場者の休憩場所となりました。
 また、支援する会の会員で日本写真家協会会員の溝縁ひろしさんの作品も展示しました。明け方の八番熊谷寺、雪の六十六番雲辺寺、紅葉の八十八番大窪寺といった札所や、お遍路さんが見せるさまざまな表情の写真が壁面を埋めました。
 期間中、会場で歩き遍路のための相談コーナーを設けました。会場を訪れた人は「ヘンロ小屋は心のこもった接待所で、次の寺まで元気を出して頑張ろう、という気持ちになる」「小学校6年。大きくなったら歩いてみたい」などの感想をアンケートに寄せていました。
 3月28日には、講演・シンポジウム「遍路道文化」を開きました。歌さんが各ヘンロ小屋に込めた思いを述べ、「お接待」にも通じる「支えあい」というプロジェクトの基本理念を説明し、溝縁さんも撮影の思い出を語りました。
 シンポジウムのメンバーは、遍路道研究家で愛媛県新居浜市・東田大師堂庵主、喜代吉栄徳さん▽高知県香美市、ヘンロ小屋28号松本大師堂建設委員代表、依光栄さん▽辰濃和男・支援する会会長(司会は梶川伸・支援する会副会長)でした。以下は主な発言です。(敬称略)

【喜代吉栄徳】 貞享2年(1685年)のしるべ石に「へんろ道」の文字がある。「へんろ道」と記されたものでは、現存最古のものだろう。真念(江戸時代初期の高野聖で、初のガイドブックともいわれる「四國邊路道指南<みちしるべ>」を出版)は200以上のしるべ石を建てた。中務茂兵衛(明治から大正時代にかけ280回巡拝)も建てている。歩く人のための具体的なお接待が続いているわけで、世界でも珍しい。四国は歴史的にお接待のDNAを持っているのではないか。

【依光栄】 地域に300年ほど前に建てた大師堂があった。古くなって、つっかえ棒をして守っていたが、建て替えることになり、その際、ヘンロ小屋も併設することになった。800人以上の人から寄付していただいた。建っただけではいかん。毎月21日に、押し付けでないさり気ないお接待をしている。新米が取れたら新米で、アズキが取れたらアズキで。良い風が吹いてきた。たくさんの方が寄ってくださる。小屋でお接待をしていると、その人たちをお接待する地域の人がいる。遍路道は四国にとってとても大事だと感じている。

【辰濃和男】 お四国を歩いていると、体や心も健康を取り戻すだけでなく、深いところに眠っている宝物みたいなものをよみがえらせてくれる。疲れ果てて時、おばあさんが100円玉をお接待してもらったことがある。おばあさんと別れたとたん、足や肩の痛みが消えて、歩けるようになっていた。お接待によって、心の奥底に眠っている野性や生きる力といった不思議な力が呼び覚まされたのだろう。自分一人で生きているのではない、と考えさせられる。困っている相手を思いやるのがお接待だが、四国の人は「おじいちゃんがやっているのを見て」などとさり気なく言う。「我々の流儀だから」と。伝統はすごい力だ。

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